片柳すすむ

かたやなぎ 進
日本共産党川崎市議会議員
コラム「日進月歩」

港町―1974年にも水害が‐No.52

2019年11月14日

今回の台風19号で川崎市内の浸水した地域と、昔の多摩川の流路はほぼ一致しています。
 現在はどこも住宅が並び元の地形がわからなくなっているだけに、古地図や治水地形分類図などで、お住まいの地域が過去にどんな災害があり、どんな地形でどんな使われ方をしていたのかを知り、防災や避難のために活かすことは極めて大事です。
 治水地形分類図を見ると、浸水した国道409号線の北側は多摩川の旧流路でした(写真③)。 今回の水害は多摩川の河港水門から水があふれたものと考えられます。1950年頃の航空写真を見ると、運河が右と下の方向にも伸びていたことがわかります(写真①)。現在では運河は埋め立てられ、運河の下の部分は港町公園になっています(写真②)。
 83年の冊子『共産党議員団奮戦記』を見ると、74年9月に台風で多摩川が大増水、河港水門を閉めたものの丸太がはさまって水が逆流し周囲が浸水。旭港町内会の皆さんが運河廃止と公園化の運動を起こし、82年3月に公園が完成したそうです。
以前と同じ災害が再び起きてしまったのは残念です。まずは被災された皆さんの生活と仕事・営業を元どおり再開できるよう全力をつくし、教訓を生かせるよう力を尽くしたいと思います。

写真①左1950年頃の港町(空撮) 、写真②右「港町公園」は運河の跡

写真③横線部が旧河道(古多摩川)

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