片柳すすむ

かたやなぎ 進
日本共産党川崎市議会議員
プライベート

1911年生まれの祖母の原爆観

2017年12月27日

怒濤の新年の挨拶まわりを前に、休みを頂き鋭気を養いました。
温泉宿に一泊したあとは横浜市磯子区の実家に行き、託された荷物を届けに今度は港北区の伯母宅へ。
私の弟まもる氏作のコップで牛乳をおいしく頂きました。
長男と次男がこちらも故人の伯父の書斎だった屋根裏部屋に侵入して、『へんないきもの』の本とともに1981年に亡くなった祖母(1911年生まれ)の句集『あかのまま』を引っ張り出してきたので、改めて読みました。

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原爆忌犇(ひし)めき売らる兜虫
原爆忌削土の断層陽に曝され
ふぐ釣られ炎暑に乾く原爆忌
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原爆にかかわる俳句をつくっていたのは知っていましたが、こちらが年を取るせいか読むたびに印象が変わります。
祖母が亡くなった時に私は五歳。ちょうど長男がいまその年。母は祖母の年をこえました。年月はめぐり核兵器には禁止条約で「悪の烙印」が押されました。
変わらないのは日本政府だけ。
少しだけそんなことを考えて、騒ぐ息子たちのせいで現実に引き戻されました。

さあ明日と明後日、今年最後の仕事頑張ろう!

最後の1枚は1歳の頃の兄、ひろし氏。家族目線では「少し系統が違う」と思っていますが、よそさまからは「そっくり」と言われます。まあそんなもんだ。

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