片柳すすむ

かたやなぎ 進
日本共産党川崎市議会議員
プライベート 活動レポート

入江崎水処理センターと観音川

2019年1月31日

「入江崎水処理センター西系再構築記念式典」に参加してきました

環境委員会の井口真美議員、勝又光江議員もいっしょでした。

1961年に運転開始された下水処理施設の老朽化にともない、2003年から再構築を行って全施設の運用を開始したもの。
式典は端の席だったので、撮った写真はいずれも逆光でした…
施設の再構築にあわせて広報施設が設置され、小学生からの公募で「ワクワクアクア」という名称に決定しました。

「ワクワクアクア」なかなかわかりやすいよう工夫がされていました。

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ワイド画面で施設概要が説明されました。

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職員さんによる制御室の説明。

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下水の水を分解する微生物の「担体」

何より驚いたのは、4階の広報室?。渡されたタブレット端末を展示の所定の位置に向けると、画面に情報が表示される「拡張現実」が採用されています。

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「日本・JPN」「オセアニア・OCE」などと書いてある黒いマークにタブレットをかざすと、「安全な水が飲める割合」「清潔なトイレが使える割合」などのグラフがタブレットに表示されます。

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川崎市の地図にタブレットをかざすと、上水、下水、工業用水の施設が表示されます。

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特に気になるのが、最近の私の「研究テーマ」の『暗きょ』にかかわる下水です。旧多摩川、観音川、新川堀、富士見公園市民広場を埋め立てる前の池からの水路(地区委員会事務所あたりを通っている)など、これまで少しずつ調べてきたところが、こうやって示されるとますますワクワクしてきます。銀柳街のあたりの地下も下水になっていることがわかります。

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先ほどの微生物などを活用して高度処理しキレイになった水は、この画像の右奥あたりの「観音川」から東京湾に流すとのこと。

さて、ここで川崎区の歴史を訪ねるシリーズです

「観音川」と聞くと、調べたがりの血が騒ぎます。入江崎まで来たついでに少しだけ観音川の痕跡をたどってみました。

まず地図で「入江崎水処理センター」の周辺を確認してみます。
*青い点線の右が観音川 *赤い点線で囲んだのが現在の水処理センターあたり
1950年代までは「魚介養殖場」だったようで、さらに周辺はまだ埋め立ての途上です。
今昔2
1944-54年頃

それが60年代には埋め立てと工場の立地が一気に進んでいるのがよくわかります。
今昔1
1965-68年頃

実際に、現在は暗きょとなって地下を流れている観音川の上を通ってみました。

スタートは産業道路の「観音橋」交差点。首都高速のガードのところが観音橋です。近くで見ると橋なので少し高くなっているのですが、今回触れません。
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上の写真から後ろを向くと、道が左右に分かれています。右が観音川です。左右の道が海岸線だったようですね。右に進みます。

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住宅の下を流れ、そのあとは緑道公園の下を観音川は流れています。

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別件ですが、緑道公園から左、昔の海岸線から海だった方向を見ると、ずいぶん下がっています。なぜだろう。

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緑道公園は線路に突き当たって終わり。

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ふと見上げると、「観音川橋りょう」と書いてありました。やはり「川」なんですね。

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たしかに「橋」らしいつくりです。

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線路のガードをこえた先にも緑道は続いていました。

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公園から、水処理センターが見えました。

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ちょうど時間がなくなったのでおしまいです。

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いまの地図だとこんな感じです。

いやあ、楽しかった。他にも発見がありましたが、また次の機会に。]

 

*このブログ上の地図は、時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」((C)谷 謙二)により作成したものです*

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