片柳すすむ

かたやなぎ 進
日本共産党川崎市議会議員
コラム「日進月歩」

京町にあった「川崎運河」‐No.43

2019年1月12日

前号で取り上げた「京町2丁目へのスーパー出店」。現場はかつて運河に架かっていた「橋」だったそうで、その名残で今も周りより少し高くなっています。
元々湿地・沼地だった京町周辺は水田として利用されていました。1922年に京浜電気鉄道(現京急)が工場用物資を運搬する運河を完成させ、工場用地を作ったものの工場誘致は失敗。かわりに碁盤状に街区を整備した「京都のような」高級感住宅地「京町」として売り出したとのこと(参考・はまれぽ)。
運河はその後、水質も悪化したため日本鋼管の鋼滓(鉄をつくるときのカス)で埋め立てられたそうです。
「京町」「一の辻~三の辻」などの地名、なんとなく使っていましたが理由を知って「なるほど」と納得しました。

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