片柳すすむ

かたやなぎ 進
日本共産党川崎市議会議員
プライベート

暗渠のこと

2018年6月4日

久々に横浜の実家に来た。
コンタクトケアグッズを忘れたので4丁目のセブンに向かった。
子どもの頃からいつも、3丁目公園から暗渠を通り天神湯のところで曲がってセブンイレブン(こども時代はまだなかったが)に向かうルート。

3丁目公園の脇で違和感。工事をしている?よく見ると石の柵(昔の橋の欄干だったもの)がなくなってすっきりしている。…
そうか、そりゃあ段差があってつまづいたりして危ないよな、と現実的には思うし、地方議員の感覚としても地域からそんな声があれば取り組んだだろうなあ、と思う。
それでも、すでにこの地域を離れたものの郷愁にすぎないのかもしれないけど、ここが「川」だったことの記憶をなくしてほしくないという気持ちが、現実的な思いを上回っている。

幅4mくらいだろうか、この細い道を地元の子どもたちはたいがい「アンキョ」という固有名詞だと考えていたように思う。
友達の家で遊んでいて「外で遊ぶならアンキョにしなさい。車がこないから」と友達のお母さんに言われたりした。橋のような構造物で区切られた安全に自由に遊べる「道」だった。
さっき天神湯まで歩くときにふと思い出した。天神湯の並びに捺染工場もまだ30年前には操業していた。なぜかその捺染工場の臭いまで鮮明に思い出した。

小学校高学年くらいか、4丁目に住む伯父と父との会話から、「アンキョ」が「暗渠」で、昔はむき出しの川だったこと、水が出て浸水した家もあったことなどを知って驚いた。

それから、夏にはおでんが花火に変わる「おでんや」のところとかも昔は川筋だったのではないか、とか、昔の様子を頭を巡らせて想像してみたりすることを楽しむようになった。
その名残か今住んでいる川崎区でも「新川通りの地下はいまはどうなっているのか」「観音川の痕跡はないものか」「川崎区内の二ヶ領用水はどこか」とか、きょろきょろして歩くのが無性に楽しく感じている(余裕のあるときだけはね)。

さっき通った天神湯脇の工事現場には、「浸水対策のために下水道工事を行っています」との旨が書いてあった。まあ「下水道」といえばその通りなんだけど、ここが川だったということは忘れてはいけないと思うし、下水道、で済まされてしまうのは残念。
千と千尋の神隠しではないけれど、暗渠になる前の川の名前は禅馬川と言ったはずだ。

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